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「え!?」
目の前で大魔王が僕に跪いて頭を下げていた。
しゃがんでも僕の胸の辺りに頭があるような大きな体を屈ませている。

「先ほどあなたは私と契約を結んで下さり、私はあなたの従魔になったのです」
契約……谷口が書いていた魔法陣が頭に浮かんだ。
契約なんて言われてもどんな内容なのか分からない、もしかしたら魂と引き換えにとかだったら勘弁してもらいたい。

「ちょ……ちょっと待ってください、契約いったん取り消し!」
「僕は良く知らなかったし、友達がやろうとしていたのに巻き込まれただけなんです!!」
僕が必死に説明しているのを大魔王はジッと見つめていた。

「僕が呼び出そうとした訳じゃないんです、本当……」
僕が言い終わると、大魔王は突然立ち上がり僕を見下ろした。

「残念ですが、契約の取り消しは出来ません」
鋭い目つきで僕を見下ろし、有無を言わさぬオーラを出している。

その後、大魔王は僕の懇願を無視し、契約の内容を説明し始めた。

「一、ご主人さまの命が尽きるまで、私はあなたの従魔としてお使えします」
「二、私の魔法はご主人さまが命令して下さらなければ使えません」
「三、後は追々(おいおい)伝えさせていただきます」

「え~~~ッ、豪快に端折(はしょ)りますね~~!!」
僕は思わずツッコミを入れてしまった。

僕のツッコミを無視し、大魔王はまた喋り始めた。
「あ、忘れておりました。」
「私を従魔として従(したが)える代償ですが……」

ついに来た……大魔王を従えるのだ、とてつもない怖い代償を求められるに違いない。
命が縮まるとか、魂を奪われるとか言われると思い、僕は硬直した。

「大魔王としての私の仕事が出来るように協力していただきます」

「え? それだけ?」
僕は思わず聞き返した。

良くは分からないが少し安心した。

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大魔王の声は威厳があり、その声を聞くだけで体は硬直し、ひれ伏してしまいそうになる。
僕はまだ後ろを振り返って大魔王の姿を確認する事が出来ずにいた。

声の感じから想像できる姿は、体は大きく角が2本生えていて、筋肉隆々の厳(いか)めしい巨漢。そんな姿に違いない。
いや待てよ、この非現実的な状況はアニメや小説に近い、アニメならばここは美人な女性って事も考えられる、ビキニのような半裸の美女が大魔王なんて有りがちな設定だ。
僕が作者ならここは読者のためにお色気キャラを出すだろう。
僕はパニックのあまりくだらない事を考えて目の前の現実から逃避していた。

もしかしたら半裸の美女であると言う期待を込めて恐る恐る振り向いてみた。

「んな訳ねぇーーーーーーッ!!」
僕は思わず叫んでしまった。

身長は2メートルをゆうに超え、はちきれんばかりの筋肉、プロレスラーのようなパンツに黒マントの大男が僕の後ろに立っていた。
目を合わせたら石にされてしまうのではないかと思うほど鋭い目で僕を見つめていた。

僕が大魔王を見上げたまま固まっていると、バムヤンが僕の頭の辺りまで飛んできて言った。
「バカッ、大魔王さまの前だぞ跪(ひざまず)いて頭を下げろ!!」

「愚か者ぉぉおおッ!!」
大魔王の怒号が響き、部屋中の家具がビリビリと揺れた。

僕は慌てて跪き、頭を下げた。

大魔王がどれほど偉い存在なのか分からないが、バムヤンの怯える姿を見ると凄い権力があるし、怖い人、悪魔? なのだろう。
僕は恐ろしくて震えていた、機嫌を損ねてしまったようなので殺されてしまうのかもしれない。
悪魔なのだから人間の命を奪う事など何とも思わないだろう。

「ご主人さま……失礼いたしました、どうか頭を上げてください」
野太い声が僕の頭の上から聞こえた。

片目を開けて前を見ると、今度は大魔王が跪き僕に頭を下げていた。

「ふぉあああっ!!!」
僕は小さな赤い塊が喋ったのを見てパニックになり、ドアの所まで後ずさりノブを回した。

ガチャガチャガチャ!!

ドアノブが回らない、必死に捻ろうと力を入れるがまったく動かなくなってしまっていた。

「ご主人様!」
「待ってくださいよ、ご命令を下さい」
赤い塊はニヤニヤと笑いながら、僕に命令をしろとせがんでいる。

「命令って言ったって何を命令すれば良いのか分からないよ!!」
僕は大声で叫んだ。本当は命令だとかそんな事よりも、ただこの赤い生き物が怖い。
本当に僕が呼び出してしまったのは悪魔なのだろうか。命令の変わりに命を貰うなどと言い出しそうな気がして怖い。

赤い塊はスッと僕から離れ、得意げに空中で一回転してからお辞儀をした。

「おっと自己紹介が遅れたな、俺はバムヤン」
「炎を操る悪魔だ、俺にかかれば一瞬で見渡す限り一帯を火の海にしてご覧に入れるぜ」
バムヤンと名乗るこの悪魔は、物騒な事を涼しい顔をしてサラリと言ってのけた。

「そんな事しなくていいよ!!」
「って言うか、何もしなくて良いです」
僕は慌てて言った、この町を火の海にされてしまっては堪らない。

「このバムヤンを呼び出さしてそれはねぇぜ!!」
「久々に暴れられると思って出てきたのによッ、さぁ景気良く燃やしちまおうぜ!!」
「嫌なやつの一人や二人いるだろ!?」
バムヤンは僕の腕を掴み揺すっていて、何かを燃やす気マンマンでいるようだ。

「いや、だから俺は何も燃やして欲しくなんか無いんだよ、呼び出してごめんなさい!」

僕は今起こっている状況がよく理解できていないが、バムヤンと言葉を交わしているのは事実だ。
僕が呼び出してしまった悪魔が僕に命令を求めている。

「バムヤン……下がって良いぞ……」
僕の真後ろから野太い声が響いた。
地鳴りのように部屋中に響く声だった。僕はその声を聞き、直立不動になってしまった。

「だだ……大魔王さまッ!!!」
バムヤンは慌てて畏(かしこ)まりひ汗を流しながらブルブル震えている。
僕は怖くて後ろを振り返る事が出来なかった。

「な、なぜ大魔王さまご自身が人間の従魔になど……」
「そうとは知らず……申し訳ございません」
バムヤンは怯えた目つきで僕に向かって許しを請うように頭をさげた。

「最近、悪魔どもの素行の乱れが酷いと聞いてな、様子を見にきたのじゃ」
「主人が望まぬ事を無理強いして好き放題に暴れておる物もおるとか……」
「不穏な動きをしている輩もおると言う話じゃが……バムヤン、おぬしは何か知っておるか!?」

「そ……そのような事は聞き及んでおりませんが、何か分かりましたらすぐにお知らせいたしますッ」
バムヤンは必死に笑顔を作ろうとしているが、引きつった笑いになっていた。

だ……大魔王ってなんだよ……何か凄くややこしい事に巻き込まれてしまっている感じがする。

僕は学校から帰ってくるとまず冷蔵庫を開ける癖がある。
中に入っている牛乳を取り出してまず一杯飲むともう一杯コップに注ぎ、それを持って二階の自分の部屋に入るのだ。
この時、プリンなどあっても手を付けてはならない、それは岬ねぇちゃんの物だからだ。もし手を付けようものならどんな仕打ちが待っているか分からない。
以前、岬ねぇちゃんがとっておいた有名店のプリンを何の気なしに食べてしまった時は一週間粗食が続き、機嫌をとるために何時間も並ぶ店のプリンを買ってこさせられた。

僕の家は二階建ての一軒家で、それほど広い訳ではないが親父とねぇちゃんと僕の三人で暮らすには広いくらいの家だ。
一階に台所と繋がったリビングと親父の部屋があり、二階は僕とねぇちゃんの部屋がある。

階段を上がって自分の部屋に入ると、まずノートパソコンの電源を入れる。
携帯のメールをチェックすると、部活の友達がアホ顔の写メールを送ってきていた。
「てめぇ、サボるんじゃねぇよ!!」と書いてあった。

携帯をベットに放り投げ、かばんに目をやった。
分厚い本が入っている、図書室から持ってきた「降魔陣」と書かれた本だ。
牛乳を飲みながらパラパラとめくってみたが、字ばかりで読む気になれない。
絵もあったのだが、複雑な字のような物で図が構成されている魔法陣ばかりだった。

さらにページをめくっていくと、他の魔方陣に比べてもの凄く簡単な物が物があった。
その部分を少し読んでみると、やはり悪魔を呼び出す陣であるらしい。
谷口は悪魔を呼び出して、今までアイツをいじめていた奴らに復讐をするつもりだったのだろう。
こんな物を信じて馬鹿だなと笑いたい気持ちもあるが、実際に不思議な現象を目の当たりにしてしまった今、笑って済ますことは出来ない。

何の気なしに簡単なヤツをノートに書き写し、本に書いてあるように陣に指を当てて呪文のような物を唱えてみた。
こんな本を見ていきなりやったところで何も起こるはずは無い、そう分かっていても少しドキドキした。

「あー……アルスト、バラス?」
本に書いてあるように言って見たが何も起こらなかった。
だいたい何が起こるかもちゃんと読んでいないから分からないのだけれど、少し安心した。

自分で書いた陣を本に挟み、かばんの方へ放り投げ牛乳を一口飲んだ。
「ははは、バカみてぇ」

さっき立ち上げたパソコンに向かい、メールチェックをしようとした時、異変に気がついた。
焦げ臭い臭いがしている。どこかで何かが燃えているような臭いだ。

台所を確認しに行こうと慌てて立ち上がると、さっき放り投げた本から白い煙が噴出した。

ブシューーーーーーーッ!!!
ボンッ!!

凄い勢いで煙が出たかと思うと、さっき僕が書いた魔法陣が本から飛び出して空中で燃えた。

僕はその様子を見て、身動きが取れずに口をあんぐり開けて眺めていた。

空中で燃えていた紙が燃え尽き、火が消えたと思った瞬間、その火の中から赤黒い小さな塊が床に落ちた。
赤い塊は人間の形をした物で、僕に向かってひざまずいている。

「お呼びに預かりまして光栄です」
赤い塊は僕に向かって鋭い視線を向けながらニヤリと笑った。

 

「おい、おいッ起きろよ」
誰かが不機嫌そうに僕の横で言っている。

ゆっくりと目を開けると、谷口が倒れている僕の肩を揺すっていた。

「お……、お前……大丈夫だったのか」
僕は少し安心した。

「なんであんな余計な事したんだッ、もう少しだったのに……また一からやり直しじゃないか!!」
谷口は座り込み、憎らしそうに僕を睨んで目には涙をためていた。
僕は思考が停止いていて、谷口が怒っているのをボーッと眺めていた。

しばらくすると谷口は立ち上がって、図書室を出て行った。
僕は床に寝転がったまま部屋の中を見回した。
特に変わった様子も無く、入ってきたときと何も変わっていない。

谷口が書いたのであろう魔方陣は綺麗に消されていた。
その傍らに落ちている本に目が留まった……「降魔陣」と書かれた分厚い本だった。
僕はその本を手に取り、部活には行かずにそのまま帰宅した。

通っている中学から歩いて15分ほどの所に僕の家がある。
ちょっとした商店街を抜けて良くのだが、ここをす通りするのはちょっと難しい。
誘惑がいっぱいあるのだ。焼きたてパン屋に果物屋、肉屋のメンチカツに昔から通っている駄菓子屋といった具合でおまけにツケがきく。
ツケと言っても僕が払うわけではない、岬ねぇちゃんが買い物ついでに払ってくれるのだ。

岬ねぇちゃんは僕より五つ年上で、母親が死んでからずっと家事をやってくれている。
今は就職してOLをやっているが、遊びもせずに帰ってきて家族の世話をしてくれているやさしい姉さんだ。
僕に甘く、あまりムチャをしなければ優しく注意するくらいで許してくれる。

「おっちゃん、メンチカツ頂戴!」
お腹が減っていたのでいつものように肉屋に寄った。

「はいッ、 ただいま!」
いつもなら岬ちゃんに心配かけんなよと言って笑顔で接してくれるおっちゃんが、妙に余所余所しい。

「お待ちどうさまでした!!」
青ざめた表情で慌ててメンチカツを差し出すおっちゃん。

「どうしたのおっちゃん?」
僕は様子が変だと思い聞いてみた。

「いえ、どうしたと言う事はありませんッ」
直立不動で答えるおっちゃん……、変なの。

「岬ねぇちゃんにお金もらってねぇ~」
僕はそう言うと肉屋を出た。

「いえ、お金はいただきません! ありがとうございました!!」
おっちゃんはまだそんな事を言っている。もともと冗談の好きなおっちゃんなのでふざけているのだろう。

僕は温かいメンチカツを頬張りながら家に帰った。

 

 

 

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