積まれた本の間をソロソロと歩いて行くと、谷口が部屋の奥に立っていた。
だらりと力無く下がった手には小さなナイフを持っている。
「おいッ! 谷口!! 何やってんだッ」
僕はナイフを見て自殺でもするのかと思い、血の気が引いた。
「寄るな!!」
谷口は今まで聞いた事の無い大きな声で駆け寄ろうとする僕を制した。
僕はその声に驚き、その場で固まってしまった。
その時、谷口の足元に何か見えた。
文字のような絵のような、禍々しいデザインの模様が描いてある。
「大丈夫、安心して良いよ死んだりしないから」
「見ててよ」
谷口は静かに目を閉じると、ナイフで自分の左手の親指に傷を付けた。
たちまち血が滴り、床を濡らした。
落ちた血を足を使って拭くような動作を見せると、足元の模様が青白く光り始めた。
「う、うわぁ!!」
僕は驚き、二・三歩後じさってしまった。
見る間に光が上に伸びて行き、谷口の全身を包んでしまった。
僕は何がなんだか分からずに、呆然とその様子を眺めていた、というよりも身動きが取れなくなってしまたのだ。
綺麗なベールに包まれたような光が谷口を包んでいたが、その光が少し歪み始めた。
段々歪みが酷くなり、竜巻のように谷口の周りを回転しはじめた。
次の瞬間、谷口がガクガクと痙攣しながらうなり声を上げた。
「ううぐぐぅッ!! イギギィ……」
谷口はポケットから図書室の鍵を出し、入っていった。
図書カードなどが置かれたカウンターに入って行き、自分の机であるかのような手つきで引き出しを開けて消毒液やら絆創膏を取り出している。
「僕ね、いつもここに薬とか入れてるんだよ」
綿に消毒液を付けて切れた口元などを拭きながらニコリと笑っている。
「お前図書委員やってるのか?」
「ううん、いつもここに来ていたら図書係のおばさんと仲良くなって、鍵を渡してもらったんだよ」
「秘密なんだけど、ミッチンにならバレてもいいかなと思って」
「ミッチンって呼ぶなよ」
僕は小学生の頃、みんなからミッチンと呼ばれていたが恥ずかしいのでやめさせていた。
澤登 育美(さわのぼり いくみ)と言うのが僕の名前で、女の子のような名前なのであまり好きではなかったが、今はもう気にならなくなった。
少し寂しそうな顔をして育美君と言い直した谷口を見て、僕は少し悪い事をしたような気分になった、距離を置きたい訳ではなく単にミッチンと呼ばれたくなかっただけなのだ。
「最近見ないと思ったらココに入り浸ってたのか、本好きだもんなお前」
「うん、本も好きだけどね、みんなが校庭で遊んだり帰っていくのを眺めるのも楽しいんだよ」
「静かな別の世界を覗いているような感じがするんだ」
「谷口、お前まだ田端とかにイジメられてるのか? 学年進んでクラスも変わったのに」
僕は気になっていた事を聞いた。
田端は数人のグループで谷口をいじめているやつだ。
僕がその質問を口にすると、柔らかな目つきで外を眺めていた谷口の顔が一変した。
しばらく沈黙が続き、その場の空気が凍りついたように感じた。
「もうすぐ終わるよ、僕はもういじめられなくなるんだ」
僕に顔を向けた谷口の目が冷たく光ったように見えた。